アートを呼吸する街 パリ ル・マレ(マレ地区)

久しぶりにパリを訪ねた。日本の酷暑を逃れたつもりが、さらに輪をかけた,まさにうだるような暑さの中に飛び込んでしまった。ホテルは、歴史地区ル・マレ(マレ地区)にとり、周辺の美術館や博物館を中心に歩き回った。そこで目にしたのは、伝統を大切にするパリでも最先端のサービスやアートが浸透し、それらがつくりだすパリの新たな風景だった。どんどん変化するパリの暮らしの現実と、エネルギッシュでダイバーシティを体現するような今のアートをダイレクトに体験できた旅だった。

パリのマレ地区を味わい尽くしてきた

7月21日から31日までの10日間、パリのル・マレ(マレ地区)に滞在した。実は妻へのバースデー・プレゼントとしての旅だった。パリの3区と4区にまたがるマレ地区は、セーヌ川右岸に位置し、かつて貴族たちが住んだエリアである関係で歴史的建造物も多く、中世の面影を残すところだ。と同時に、パリで最先端のレストランやアパレルショップ、美術館、アートギャラリーなどが集積している場所でもある。

しかも1980年代に始まったLGBTカルチャーの中心地としてのエリアもあり、明らかにそれと分かる人々が歩いていたりする。そこは、いわば新宿の歌舞伎町的であったり、中目黒的であったり、下北沢的であったりする。そういった面でもマレ地区は特別な地域だ。今回はそんな場所のど真ん中に宿をとって,かなり丹念にあちこち見て回り、現地でしか味わえない数々の貴重な体験をしてきた。

パリもまた酷暑のど真ん中だった

それにしても、この旅の間、パリは熱波に見舞われ、25日には42.6℃を記録した。湿度が低くカラッとしているとは言え、この気温は強烈過ぎる。フランスの一般家庭でのエアコン普及率は5%程度だそうで、90%以上がエアコンを備える日本とは比べるべくもない。フランス人はどうも文明の利器を嫌う傾向があるようだが、こう暑くてはそうも言っていられないだろう。公共施設である美術館や博物館さえ、エアコン設備が完備しているところが少なく、今回の旅でも暑さに閉口した。快適な環境で展示物の鑑賞に専念できる日本は、何と贅沢な国だろう。そもそもこの異常気象がなければ、北緯48度のパリは、北緯43度の札幌よりさらに北に位置するのでエアコンを必要としない都市だったのだ。今や両都市とも猛烈な暑さから無縁ではいられないのだが。

パリでエアコンが普及しないのには、もうひとつ理由があるかも知れない。街並みをかたちづくる特徴のひとつとなっているアパルトマンは、石造りの古い建物が多く、エアコンの室外機取り付けが難しいようだ。それに加えて、室外機が景観を損なうことを恐れたのだろう。実際に環境条例によって、室外機が禁止されているところもあるという。美しさを第一に考える国民性の表れなのだ。日本で言えば京都にも通じるところがある。

伝統に切り込む疾走感

ちょうど、この時期、パリはツール・ド・フランスの後半ステージで沸いていた。2019年は「マイヨ・ジョーヌ」誕生100周年記念大会だった。「マイヨ・ジョーヌ」とは個人総合成績1位の選手が着ることを許される黄色のジャージを指す。マスメディアにはこの大会の話題が溢れ、僕も自転車の疾走する姿に胸のすく思いがした。

一方で、パリの日常の足として重宝されているのがシェアサイクル。「Velib」というサービスだ。中国でもシェアサイクルの普及はすさまじかったが、パリも普及に力を入れ,最近サービスのリニューアルを行っている。もうひとつ、伝統と先端が交錯するマレ地区で、ひときわ目を引いたのは、スケートボードにモーターとハンドルをつけ、自由に操縦できるようにした「電動キックスケーターLime」だ。これもシェアリングサービスで手軽に借りられ、乗り回すことができる。鮮やかなライムグリーンのスケートボードが、伝統に彩られた重厚な街並みを疾駆する。

その、軽やかで乗り物の概念にとらわれないある種の反骨精神は、‘70年代のパリに溢れた、権威に反発する学生御用達原付バイクの姿を彷彿とする。そして、そのメンタリティは、街角のあちこちに見られる落書きの反骨精神に通じるところがあるように思われる。落書きとは言えそれらはなかなかレベルが高く、街並みの美観との衝突は別にして、「落書きアート」と呼んでも過言ではない。これもまたマレ地区が発信するアートの一部なのだ。

デジタルアートや現代美術にも積極的

一方、デジタルアートについては、まだまだこれからの印象を持った。ゴッホの絵画世界に入り込むというコンセプトのプロジェクションマッピング作品を鑑賞する機会があったのだが、これはテクノロジーとアートの融合が今ひとつ練れていない印象があり、物足りなさが残った。改めて、我がチームラボの、作品と鑑賞者がシームレスに繋がり、テクノロジーを意識させないアートの世界は、唯一無二のものだと感じた。

美術館、ギャラリー巡りは、少しル・マレ周辺にも足を伸ばし、これまでになく丹念に見て歩いた。ルーブルはもちろん、ポンピドーセンター、ロダン美術館、ルイ・ヴィトン美術館、パレ・ド・トーキョーなどなど。パレ・ド・トーキョーは、その中にパリ市立美術館も含み、現代美術、コンテンポラリーアートなどが展示の中心だ。ここで、今のパリの最先端アートに触れることができた。

ルイ・ヴィトン美術館は、アメリカの著名な建築家フランク・ゲーリー設計の建物で、ルイ・ヴィトンの最も基本的なコンセプトである「旅」にちなんだ大型船を思わせるデザイン。建築自体が壮大なアートになっているのだ。展示作品は多彩なジャンルに渡っており、バスキア、村上隆の作品などルイ・ヴィトンらしい収蔵作品となっていた。

ル・マレは街全体がアートだった

この旅で改めて思ったのは、やはりパリには今でも脈々と美の伝統が息づき、日々更新されていると言うことだ。世界中からアートを志す若者がパリを目指してきた。そういう歴史が全く色あせず、むしろ新たな活力を日々補充しながら、今を映してそこに生きている。

特にル・マレには、人種の坩堝の中にLGBTまでもが自然に溶け込み、日常的にアートに触れている。そこでは、歴史的名画であろうと、コンテンポラリーアートであろうと、あるいは落書きでさえ、等しくアートとして受け入れられ、空気のようにアートを呼吸する得がたい環境が整っている。久しぶりにパリに行き、幅広いアートの世界にどっぷり浸かって、芸術の都パリの奥深さを思い知った。