北京は起業家を叱咤激励するインキュベーターだ!

9月下旬、今年3度目の北京視察をスピーディ社の福田社長らと行った。北京では、スピーディ社中国法人(星光速度国際文化有限公司)の役員でもある、投資家のTim Huang氏や女優の松峰莉璃さんと合流し、主としてショートムービー関係のベンチャーを見て回った。これから5G全盛の時代を迎え、インターネット上のコンテンツの主役は,確実に静止画からショートムービーに移って行く。日本と異なり、テレビよりもネット視聴が娯楽の中心となる中国では、KOL(Key Opinion Leader/中国版インフルエンサー)が活躍する広告宣伝など、ショートムービーが既に大きな流れとなっているのだ。

鋳造美術館でアーティスト黄河氏に会う

北京で最初に訪れたのは、鋳造美術館(Found Museum)というサイの金属オブジェが目につく、台湾の人がオーナーのアートスペースだ。そこではアーティスト黄河氏の作品を展示中だった。ミッキーマウスやヒットラー、毛沢東などをモチーフとして、白黒のモノクロームで描かれており、どれもかなり大きな絵だ。僕の好みにピッタリで、気に入ったが、残念ながら僕の家にはディスプレイするスペースがない。

北京のアートは、単なる美しさより社会的なテーマを表現したものが多いという。北京が中国政治の中心であることから、アーティストの関心も自ずと社会的・政治的なるものに接近していくのだろうか?

黄河氏の絵は、ほとんどがヨーロッパで売れるというが、展示するのに十分な壁面を持っている金持ちが多いということだろう。

TikTokのライバル、「快手」に行く

今回の北京での目的は、ショートムービー関連のベンチャーを回り、僕たちと提携できそうな相手を探すことと、エンターテインメント業界の要となる人達と人間関係を築くことだ。

中国でショートムービーのSNSと言えば、「TikTok」と人気を二分する「快手(Kuaishou)」が有名だ。運営しているのはBeijin Kwai Technologyで、評価額は150億ドルと言われている。日本では「TikTok」の方が馴染みがあるが、中国では「快手」も中国版のInstagramと言われ、負けていない。ちなみに快手とは中国語で、「てきぱきして仕事の速い人」と言った意味らしい。

「快手」は、要するに7秒から最大57秒までの動画を、簡単に投稿して共有できるアプリだ。

登録ユーザーは7億人とも言われ、アクティブユーザーも1億3000万人にのぼるという。テンセントからも出資を受けているユニコーン企業だ。

Beijin Kwai Technologyの本社ビルでは、とてつもなく巨大なエントランスに圧倒される。そこに顔認証サービスが設置されていて、中国人2億人分のデータベースからAIが似た人を探し出す。スピーディ福田社長が試みたが、妙な結果となって苦笑いしていた。

創業者でCEOの宿華(Su Hua)氏は精華大学出身で,ソフトウエア博士課程を修了後、起業を試みるも失敗。グーグルチャイナやバイドゥなどで技術者として成功を収めながらも、起業の夢をあきらめず2011年に仲間と現在の会社の前身を立ち上げ、そこから大成功の道へとひた走ることになる。

まだ30代の若さながら、北京でのサクセスストーリーの典型のような人物だ。

「快手」はアプリ内にゲーム機能やアバター機能なども加え、国際版「Kwai」も展開していて、さらにTikTokとの激しいつばぜり合いを演じようとしている。

日本のアニメにも注目しており、僕たちに仲介のオファーがあった。以前、直接日本アニメの調達に乗り出したが、商習慣の違いから挫折した経験があり、僕らに興味を示してくれたのだ。

Beijin Kwai Technology本社エントランス

顔認証テクノロジーのデモ画面(左はスピーディ福田社長)似ているだろうか?

快手オフィス風景

Beijin Kwai Technology本社ビルエントランスで快手マスコットキャラクターと

中国起業家のダークホースたちに会う

「快手」のような巨大企業ばかりでなく、僕らは精力的にエンタテインメントおよびショートムービー関連のベンチャーを訪れ,大きな収穫を得た。訪問先の簡単な紹介を以下に記しておく。

■黒馬娯楽(Dark Horse Entertainment)

黒馬娯楽の周佳楠(Janan Zhou)社長とは、ディナーを共にして,彼らの事業のことなどを語り合った。

黒馬娯楽は、中国最大の音楽フェス”Strawberry Music Festival”を成功させた実績を持ち、大手芸能事務所を運営していたり、エルトン・ジョンのエージェントだったりもする。アリババグループが主要株主。まさに中国エンタメ界のダークホースだ。
ちょっと日本のエンタメ業界のレベルとは桁が違っている。

しかし、その割には社長にチャラいところもあって、とても親しみを覚えたというのが僕らの感想だ。

Strawberry Music Festivalの動員風景

黒馬娯楽のメンバーたちと

■YOOZ

以前,このコラムで書いた電子タバコであっという間に業界2位に躍り出た「YOOZ」を経営するCai Yuedong氏とはパワーランチ。北京で今起こっている事など、興味深い情報をもらう事ができた。

■ShopShops

僕が最も楽しみにしていたのは、ニューヨーク発のライブストリーミングコマース「ShopShops」のヘレナ氏との会食。

以前から深い関心を寄せていた彼らのビジネスについて,直接話を聞くことができた。そのコンセプトは「Shop Global Like A Local」というもの。近くのショップで気軽に買うような感覚で,世界中の商品を簡単に手に入れられる,といったところだろう。具体的には、ニューヨークのデパートの一角にスタジオを置き、そこからその店の商品をストリーミングビデオで紹介。中国の視聴者は、気に入ったものを見つけたら購入できる。ニューヨークでのショッピングを疑似体験できるわけだ。デパート側は、客を待つだけのビジネススタイルから攻めの姿勢に転じることができる。視聴はスマホが前提なので、インタラクションも可能。これから本格化する通信の5G化も追い風になるに違いない。現在、全世界で7カ所にわたって展開中だそうだ。

面白いと思ったのは、話題性のあるショップに出張し、必ずしも固定的なスタジオは設けず、臨時のストリーミングサービスを行う、いわばショップイベント的なビジネスも手がけていることだ。ユーザーにとっては、目新しい商品に出会え購入の機会ができるし、ショップにとってもeコマースで新規顧客獲得のプロモーションの機会になる。

このサービスの最大の魅力は、遠く離れた土地でのショッピング疑似体験を提供していることだ。あたかもその場所に行っているように、そして商品を手にとって確かめているように見られ、購入できる。しかも店舗のように購入時の待ち時間というものは存在しない。日本での拠点作りも検討しているようだ。

(左から)Tim氏、ヘレナ氏、莉璃氏、坂之上氏、福田社長、坂井

ShopShops Brand Video

youtu.be

■三感ビデオ

Weiboなどに提供する長尺のCMを企画制作している「三感ビデオ」というベンチャーにも行った。クライアントには、LenovoとかCadillacなどがある。

阿当CEOは25歳の若さだ!こういう若い経営者がゴロゴロいるのも北京のベンチャーのひとつの特徴だ。

トロフィーや賞状が所狭しと並ぶ三感videoエントランス

エントランスにて三感videoメンバーと

■映客(Inke)

中国最大のライブストリーミングプラットフォーム「映客(Inke)」の創業者、奉佑生(Feng Youshang)氏にも会うことができた。「Inke」は2015年に起業し、2017年には既に売上高ランキングで業界2位となっている。

登録ユーザー数は2億人にのぼり、アクティブユーザーも2500万人を数える。

一般の人でも様々なジャンルのライブ配信ができるプラットフォームだ。

独立系の企業なので資本力に難があったが、宣亜国際(Shunya International Brand Consulting)の投資を受けたことで、弱点を克服し、新たな展開を見せている。

映客創業者 奉佑生氏を囲んで

エントランスに設置された映客のマスコットキャラクター

Tim氏や莉璃さん、彼らとつながりのある多くの方々のおかげで、今回も演劇や映像分野での大物達に多数出会うことができた。僕らが通り一遍の視察に行っても、絶対に会うことができないような中国エンタメ界の奥深くで活躍している人々にも、彼らの人脈のおかげで会うことができ、非常に幸運だった。

海外展開が前提の迅速な事業展開

見てきたように,北京ではエンターテインメント系のベンチャーが盛んだ。おそらく政治にとって、人心の掌握に有効なエンタメは、目の届くところに置いておきたい産業なのだろう。同じように起業が盛んでも,上海は商業系、深圳は製造業系というように大雑把にくくれるようだ。一方で北京は、技術系ユニコーン企業誕生社数で世界第2位の地でもある。首都として精華大学や北京大学などの有名大学が集中し、政府や市が全面的に後押しする中関村サイエンスパークという広大なイノベーションエリアも抱えている。この地では、投資家の事業に対する鑑定眼のレベルと資金力の豊富さも期待できる。有名大学を出て起業を目指す若者にとってこんなにも理想的な環境があるだろうか?北京に若くて優秀な起業家達が集中しているのも頷けるというものだ。

そして彼ら起業家たちはShopShopsのように、はじめから海外展開を前提に事業を進め、世界に飛び出していく。起業のはじめから自分の国は眼中になく、世界をその舞台と定めている。そのスピード感は今の日本社会にはないものだ。世界で時価総額上位企業のかなりの部分を中国が占めているのも当然だろう。

さあ、日本の起業家たちよ、どうする?